不登校の娘のことで
たまに、学校から電話がかかってきます。
担任の先生は、いつも丁寧で、正論で
間違ったことを言わない。
だから、私も理解しようとする____。
心配しているふりをしてただ仕事をしてるだけ。
「明日はどうですか?」
「少しでも来られそうなら…」
「別の部屋で過ごすこともできます」
どの言葉も間違ってはいない。
でも、そこに娘の感情に寄り添う言葉は
___ひとつもない。
あるのは
「どう学校に出席させるか」だけ。
その華麗な誘い文句に、
__行かせた方がいいかな。
___どうしたら行くって言うかな。
気づけばいつも、
そんな思考に自然となってしまっている。
気付いたら世間体を見ている私。
電話が来た後は決まって
「明日行ってみる?」
「少しでも行ってみたら?」
そんな風に必死になっている自分に
心底、うんざりした。
____娘のためじゃない。
先生が
「来ていない子をなんとかしよう」と
していることに
ただ、乗っかっているだけ。
業務的な・・
定期的な・・
電話連絡。
問題は解決していないまま、
私は
”普通の親” になろうとしていた。
なんのために娘を説得しているのか
本当は、『行かない』を選択できる娘に、
感心している自分もいる。
学校のため、
先生の電話を無駄にしないため。
周りになんて言われるか
ダメな親だと思われたくない一心で。
型にはめようとしている自分に
___しらけた。
誰かのためになっていないか
”今日の問い”
あなたが「正しい」と思って選んでいることは
本当にあなた自身が選んだものですか?
それとも、
誰かのために自分を
納得させているだけになっていませんか。


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